香りの舞い ~流れる水のように 燃える火のように 静かな大地のように 自由な風のように~

ジャワ舞踊やガムラン音楽に関すること、日々の気付きや学び、海外生活で見聞したこと、大好きな植物や動物に関してなどを、私が感じたことを気ままに、ゆるゆると書いていきます

つれづれなるままに ~平成お礼参り、そしてジャワ舞踊のことなど、色々感じたこと

このブログにご訪問ありがとうございます。

 

いよいよ、平成の時代が終わりますね。なんだか落ち着かないです。

日本でも、そして個人的にも、いろいろあった時代でしたが、平和な時代で良かったです。

 

そんな時代に感謝しようと、雨の中、近所の氏神様へ。ここは、私の産土の神様でもあります。

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「近所の神社へ平成最後のお礼参り」photo by Kaori

 

令和もみんなでよい時代にしたいですね。

次の天皇も、素晴らしい天皇であってくださるとうれしいですね。

 

やはり、それによって、かなりいろんな雰囲気や物事が変わってくると感じるのですよね。直接的ではないにしても。

やはり、上に立つ人がどういう人であるかって、とても重要ですよね。

そして、もちろん、一人一人がどのように在るかも重要ですよね。

 

以前、何年かぶりに日本に帰ってきて、とても気になったのは、ラッシュ時の電車の中にストレスが充満していること。もちろん、混んでいるストレスもあるのですが、それだけではないのですよね。ちょっとした悪意なんかも感じて。乗っていて、気持ち悪くなりました。

ストレスが減り、お互いに気持ちよく、優しい気持ちで過ごせるようになると良いなぁと思います。

私もそうですけれども、結局、知らず知らずのうちに「こうでなければならない」とか、いろんな恐れに縛られちゃってるのですよね。それはもう何重にも。

 

私は、長い間、舞踊や音楽に携わってきて、楽しみつつも厳しい訓練も積んできましてけれども、そこにあるのはやはり愛なんですよね。急に変ですかね。

独りよがりでは、やはり伝わらない。言葉や肉体を超えた交流と思いやり、全体に対する愛かなぁと思います。そして、芸術/芸能でしか伝わらないものがあると思うのです。

そういうものが、もっともっと重要になる時代が来るような気もします。(期待を込めて)

 

でも、結局、すべてはなるように流れていくのでしょう。その流れを信頼して過ごしていければと思います。

 

実は昨日はワールド・ダンス・デイだったのですよね。

私が以前長期間住んでいた中部ジャワのソロでは、ソロの国立芸術大学舞踊科が中心となって、毎年、24時間踊るというフェスティバルが行われています。今年で13回目だそう。毎年、だれか、24時間ぶっ通しで踊るのですが、その他にも、インドネシア中から何千人もの人が参加して、町中で舞踊コンサートが行われます。芸術大学では、丸一日(24時間)、ずっと舞踊コンサートが数か所で行われています。

特に、夜の芸術大学の大プンドポで行われるコンサートは、ものすごい観客であふれかえります。ソロにいるときは、一日、町中を駆け回り、夜は、早めにプンドポへ行って、席取りをして、なるべく良い席で見る(ビデオや写真を撮影する)ということをしていました。でも今は、便利なもので、ライブストリーミングで、多くで流されています。なので、日本にいながら、楽しむことができました。

それでも、今回は、ジャワの4王宮からの上演のみ、ライブストリーミングで見ました。ジャワ島中部には、もともと一つの王家から分かれた4つの王家(侯家)があります。ソロに2つ、ジョグジャカルタに2つです。その4王家が、それぞれ舞踊を出すのが恒例となっているのです。ここ数年、ソロのクラトン・カスナナンは、内輪もめなど、いろいろ問題が多いせいか、舞踊を出していませんでしたが、今回は、クラトン・カスナナン内のひとつの団体として、舞踊を出していました。クラトン・カスナナンから正式にというわけではありませんでしたが、これで久しぶりに4王家を代表する舞踊がそろったわけです。

 

ライブストリーミングは、音にいろいろ問題はありましたが、映像は格段に良くなっていて、見やすかったです。現場で遠くから見ているわけではなく、アップでも見れるので、迫力がありました。

 

それを見ていて思ったのは、「こんなに上に立つ人や、王宮内の雰囲気が、舞踊のパフォーマンスに如実に出てしまうものなのか」ということ。

私自身、すべての王宮に深くかかわっているわけではないですし、そんなに深い内情まで知っているわけではありませんが、おかげさまで、それぞれの王宮と少しずつ関係があり、王族やその他の中の人たちのことも知っていて、練習にも参加させてもらったり、また、様々なところから、いろんな話が耳に入るのです。

そういうところから判断しての、あくまで個人的な感想なんですが、踊りのパフォーマンスに直接的に影響しているわけではないかもしれませんが、やはり上に立つ人がどう在るかって、ここまで出てしまうんだ。怖いなと思いました。

とても素晴らしい、神がかったような上演のところもあり、大切に力を入れて準備してきているのが見てとれるところもあり、そうでもなく、エゴが丸見えのところもあり。

 

10代半ばで踊りを始めたころからずっと思ってきましたが、踊りって、本当に丸裸に全部見えてしまうのですよね…。隠せないです。

 

でも、踊り手自身のことや、上演場所の空気だけでなく、その背負うもの(王家とか)の雰囲気も、こんなに影響するものなのだなぁと、今回つくづく感じました。まあ、一人で上演するのではなく、大勢で一つのものを作り上げるので当たり前かもしれませんが。

 

折りしも時代の変わり目なので、日本も、たとえ、天皇に政治的権力や権利はなくとも、天皇の在り方や、国民と天皇の関係によって、かなり時代が変わるのだろうなと、改めて思ったわけです。

 

つれづれなるままに書いてみました(笑)

 

令和の時代が、みんなにとって平和で豊かな時代になりますように。

 

読んでくださってありがとうございました。

あなたにとって素敵な一日となりますように。