香りの舞い ~流れる水のように 燃える火のように 静かな大地のように 自由な風のように~

ジャワ舞踊やガムラン音楽に関すること、日々の気付きや学び、海外生活で見聞したこと、大好きな植物や動物に関してなどを、私が感じたことを気ままに、ゆるゆると書いていきます

倍音声明で体験した「聞こえない世界」

倍音声明で体験した「聞こえない世界」

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先日、ヨガと倍音声明のワークショップに参加した。

ヨガでは、アサナ(ポーズ)だけではなく、呼吸や瞑想を通して、意識を繊細に整えていくことの大切さを学んだ。

一つひとつの呼吸を丁寧に感じ、呼吸が切り替わる瞬間にまで意識を向ける。

その感覚は、わたしがガムランで演奏している擦弦楽器ルバーブで、弓を返す瞬間を繊細にコントロールする感覚にもよく似ていて、とても腑に落ちた。

そして、この日の一番印象的な体験が「倍音声明」だった。

最初は円陣を組み、全員(女性4人、男性4人)で「う・お・あ・え・い」の母音を順番に響かせていった。

一つの母音をかなり長い時間響かせ、ティンシャ(ベル)の合図で次の母音へ移る。

音程は、高すぎず、低すぎず、それぞれが無理なく出せる高さで。

それだけでも、誰も出していないはずの高い笛のような音、いわゆる倍音(オーバートーン)が聞こえてきた。

特に「え」や「い」のときには、上のほうでキラキラと響くような音がよく聞こえた。

さらに、お経のような低い響きまで自然に現れ、不思議な音の空間が生まれていた。

「う・お・あ・え・い」と進んだ最後には無音の時間があり、ティンシャが2回鳴ると終了する。

さらに驚いたのは、その後、それぞれ(女性3人、男性3人)が違う母音を担当して、同時に声を響かせたときだった。

5つの母音と、無音(またはM、Nのハミング)を6人で担当する。

それぞれ違うところから始まり、ティンシャの合図に合わせて、

う → お → あ → え → い → 無音(またはハミング)

と、時計回りに役割が巡っていく。

無音、あるいはハミングを担当する人は輪の中心に入る。

中心では、立っていても、座っていても、横になって床に頭をつけてもいい。

これをかなり長い時間続けた。

たしか、3周はやったと思う。

そして、その間に聞こえてきた音が、本当にすごかった。

今まで聞いたことがないほど大きく、澄み切ったクリアな倍音が、空間いっぱいに響き渡ったのである。

「ピーン」

「ピロロロ……」

まるで誰かが笛を吹いているような音が、あまりにも鮮明に聞こえた。

しかも、誰もそんな音を出していない。

高い倍音だけではなかった。

誰もその高さで歌っていないはずの中間の音や、お経を唱えているような低い響きまで聞こえてきたのである。

実はわたしは以前、オーバートーン・シンギングを練習していたことがある。

一人で口や舌の形を工夫して、倍音を強調する方法は知っていた。

アメリカ・カリフォルニアに住んでいた頃、長時間車を運転する機会が多かったので、よくTuva(トゥヴァ)のオーバートーン・シンギングのCDをかけ、一緒に歌いながら運転していた。

余談だが、オーバートーン・シンギングそのものは、それほど難しいものではない。

コツさえつかめば、倍音の大きさに差はあれ、多くの人が体験できるものだと思う。

そして最初は、声の出し方以上に「倍音を聞き分ける耳」を育てることが肝要なのではないかと思っている。

ただ、今回の体験は、それとはまったく違っていた。

特別なオーバートーン・シンギングの技術を使っている人はいない。

ただ、それぞれが一定の母音を普通に響かせているだけである。

それなのに、なぜ、これほど豊かで、しかも驚くほど大きくクリアな倍音が生まれるのだろう。

「なぜ、こんな現象が起こるのだろう?」

体験しながら、倍音が生まれる仕組みをもっと知りたいという探究心が湧いてきた。

そして、輪の中心で響きを受ける体験も、とても興味深かった。

立っていると、エネルギーが身体を通って、上へ上へと抜けていくように感じた。

座っていると、身体全体が響き、特に眉間のあたりがジンジンと強く振動するような感覚があった。

横になってみると、今度は音やエネルギーが上から降り注いでくるように感じられた。

同じ音の中にいるのに、身体の位置や姿勢によって、響きの感じ方がまったく違うのも面白かった。

さらに興味深いことに、同じ空間にいても、聞こえる音は人によって違うという。

高い倍音を聞く人もいれば、鈴の音のような響きを聞く人、お経のような低い響きを聞く人もいるそうである。

同じ場所で、同じ時間に、同じ声を聞いている。

それでも、そこから受け取る「音の世界」は、一人ひとり違う。

その話を聞きながら、そして自分自身が、誰も出していないはずの音をあれほど鮮明に聞いたことで、

「わたしたちが普段見たり聞いたりしている世界だけが、世界のすべてではないのかもしれない」

と感じた。

そこにはもともと存在しているのに、普段の自分には気づけていないものが、まだまだたくさんあるのかもしれない。

何かの条件が整ったとき、それまで気づかなかったものが、突然くっきりと立ち現れる。

そんなことを、頭で考えるのではなく、身体を通して感じた時間だった。

そして何より印象的だったのは、声そのものが持つ力である。

ただ母音を長く響かせ続ける。

それだけなのに、自分の声の振動が身体の内側へ伝わり、さらに周囲の人たちの声と重なって、身体全体が一つの共鳴体になっていくような感覚があった。

その響きそのものが、とても心地よかった。

内側から整えられ、洗われていくような感覚。

声というものは、こんなにも身体に響くものなのか。

そして、人の声が集まることで、こんなにも豊かな音の世界が生まれるのか。

ヨガと倍音声明を通して、心も身体も深く浄化されたような、とてもクリアで清々しい時間を過ごすことができた。

そして今回の体験をきっかけに、倍音というものを、感覚だけではなく、その仕組みからもっと知りたくなった。

あの大きく澄んだ響きは、いったいどのように生まれていたのだろう。

少し調べてみたいと思う。

あの響きは、今も身体のどこかに残っているような気がしている。

 

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〈夕陽〉

 

読んでくださって、ありがとうございました。

あなたにとって素敵な一日となりますように。

響きは受け継がれていく

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この週末、あらためて感じたことがある。

それは、文化は、一人では受け継げないということ。

リハーサルに向かう車の中で流れてきたのは、ジャワ宮廷舞踊「スリンピ・アングリルムンドゥン」。

王宮で大切に受け継がれてきた、神聖な舞だ。

以前、自分も踊ったことのある曲を聴きながら、ふと、あらためて感じた。

「ああ、わたしの周りの人たちが、誰一人欠けても、今のわたしはいないんだ。」

先生方。

一緒に踊ってきた仲間。

演奏してくれたガムラン演奏家の方たち。

衣装を作る人、準備する人、着付ける人。

上演を支える人たち。

お客様。

そして、その場に関わった数え切れない人たち。

さらに、この踊りを創作し、長い年月をかけて大切に受け継ぎ、今日まで繋いできてくださった方々。

誰か一人でも欠けていたら、この舞は今ここには存在しなかった。

そして、その思いは、踊りという枠を超えて広がっていった。

誰一人として、何一つとして、欠けているものはない。

目立つ人も、目立たない人も。

名前を知られる人も、知られない人も。

人だけではなく、動物も、植物も、物も。

そして、自分とは関係ないと思っていた、前の車を運転する人や、街ですれ違う人たちも。

それぞれが、それぞれの場所で役割を持ち、支え合いながら生きている。

そんな一つひとつの存在が集まって、この世界はできている。

それは、誰かが上で誰かが下という世界ではなく、すべてがつながり合い、響き合いながら成り立っている**「まあるい世界」**なのだと感じた。

そう思ったら、自然と感謝が湧いてきた。

その「まあるい世界」の感覚を、翌日のガムラン・コンサートで、今度は自分の体を通して確かめることになった。

実は今回のコンサートは、練習量が圧倒的に足りなかった。

本来のわたしなら、このような状態で舞台に立つことは選ばない。

けれど今回は、それぞれの事情が重なり、わたし一人の力では変えられない状況だった。

だからこそ、その条件を受け入れた上で、この限られた時間の中で何ができるかを考えるしかなかった。

今期に入って、一回目は新しい人たちへのガムラン体験会。それが本番の三週間半前。

翌週の二回目の練習を終えた頃には、

「今回は一曲演奏できるのが精一杯かもしれない。1時間も時間があるのにどうしよう。お客さんの体験会を長くやるしかないかも。」

と、少し悲観的に思っていた。

新入生は体験会やその後の練習に何人か参加してくれたものの、その後は制作や展示などで忙しくなり、本番まで誰が来られるのか分からない状態だった。

それでも、できることを精一杯やろうと、思い切って三回の練習で三曲を組み込んだ。

そのうち一曲は、以前からいたメンバーにとっても新曲を選んだ。

本番前日、学生たちは自身の展示準備でも忙しいなか、最終リハーサルを行った。

この日に歌も加えた。

新入生はかなり遅れて一人、そして交換留学生が来てくれただけだったが、それでも来てくれたことが嬉しかった。

さらに、遠方から卒業生が二人駆けつけ、去年、一昨年から参加してくれている熱心な学生たち、先生、そして学外からいつも参加してくださる方も集まり、演奏できる体制が整った。

そして迎えた本番。

実は当日朝の練習は結構ボロボロで、演奏がかなり乱れていた。普段はしない失敗も続いた。それでもこれまでの練習を信頼してやるしかないと、本番に臨んだ。

そして本番は、すべての曲が、大きな失敗もなく、静かにまとまっていった。

学生、教員、学外の方、そして遠方から駆けつけてくれた卒業生たちが、一つの音楽をつくっていく。

その姿を見ながら、胸が熱くなった。

何年も細々と続けてきたことは、ちゃんと育っていた。

久しぶりに一緒に演奏した卒業生たちは、上手になっていた。

特別にたくさん練習したわけではない。

それでも、積み重ねた時間が、その人の中で育ち、音となって現れていた。

わたしはこれまで、一人ひとりにできるだけ多くの楽器を経験してもらうようにしてきた。

効率だけを考えれば、一つの楽器を専門にした方が簡単かもしれない。

でも、ジャワのガムランでは、誰かが休めば、別の誰かが自然にその場所へ入る。

みんなが全体を理解しているからこそ、音楽は途切れることなく受け継がれていく。

そんな姿を、日本でも育てたい。

それは、ずっと願ってきたことの一つだった。

今回、その願いが少し形になったような気がした。

この日演奏した曲の一つが、「Lancaran Gugur Gunung」。

みんなで力を合わせ、公共のために働くことを歌った曲であり、ジャワの相互扶助の精神を象徴する曲でもある。

歌いながら思った。

わたしたちは、その歌を演奏していたのではなく、その精神を生きていたのかもしれない。

そして、長年日本でガムランを支え、多くの演奏家を育ててこられた大切な方のことも思い出した。

病気によって、以前のように演奏することが難しくなったその姿を思うと、今こうして音を奏でられること、一緒に演奏できることは、決して当たり前ではない。

わたしに学んでくれる方々に、もっといろいろな曲を伝えたい。

もっと深い世界に触れてほしい。

その先には、言葉では伝えきれない豊かな世界がある。

そこへ十分に案内できない今の状況を、少し歯がゆく感じている。

でも、その前に、今日こうして同じ時間を過ごし、一緒に音を重ねられたこと。

そのこと自体が、どれほど尊く、ありがたいことなのかを、あらためて感じた。

今までにも「ありがたい」と思うことは何度もあった。

でも今日は少し違った。

頭で理解する感謝ではなく、命そのものへの感謝。

生きていること。

踊れること。

演奏できること。

誰かと時間を分かち合えること。

そのすべてが、当たり前ではなく、奇跡のような贈り物なのだと感じた。

文化は、一人では受け継ぐことができない。

誰かが受け取り、誰かが育て、また次の誰かへと手渡していく。

そのつながりの中で、わたしたちは生かされ、また誰かを支えている。

その響きは、音だけではない。

人から人へ受け継がれていく、心の響きでもある。

その響きの中に生きていることを、心から幸せに思った一日だった。

 

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読んでくださって、ありがとうございました。

あなたにとって素敵な一日となりますように。

見えないところで支えてくれる人たち

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先日、職場でふと胸が熱くなる出来事があった。

わたしは自動車工場で、通訳として仕事をさせていただくことがある。

製造の現場では、一つひとつの工程がスピーディーではあっても、驚くほど丁寧に行われている。

ダブルチェック、トリプルチェック。

機械やロボットも活躍しているけれど、最後は必ず人が確認する。

そして製品は、「次工程はお客さま」という考え方のもと、次の工程へと受け渡されていく。

何気ない日常の光景なのに、その日はその姿がとても美しく見えた。

「ああ、この人たちのおかげで、わたしは何の心配もなく車を運転できているんだ。」

そう思った瞬間、胸がいっぱいになり、気づけば涙がにじんでいた。

普段、わたしたちは完成したものしか目にしない。

道路を走る車も、店に並ぶ商品も、水道から出る水も、電気も。

それらが当たり前のようにあるのは、誰かが見えないところで責任を持ち、誠実に仕事をしてくださっているからだ。

そのことを改めて感じた。

その思いは、工場の中だけにとどまらなかった。

わたし自身もまた、数え切れないほど多くの人に支えられて生きている。

誰かが作ってくれた道路を走り、

誰かが育ててくれた食べ物をいただき、

誰かが整えてくれた社会の中で暮らしている。

一人で頑張っているように思える日があっても、本当はたくさんの人の働きの上に、今の暮らしがある。

そう思うと、自然と感謝の気持ちが湧いてきた。

そして、その気づきは、わたしが大切にしているジャワ舞踊にも重なった。

舞台に立つのは踊り手だけれど、一人では何もできない。

演奏してくださる方。

照明や音響を担当する方。

衣装や舞台を支えてくださる方。

企画し、準備してくださる方。

そして、その場に足を運んでくださるお客様。

さらに、その舞を創り、長い年月をかけて受け継いできてくださった先人たち。

その誰一人欠けても、今ここで踊ることはできない。

見えるところだけが舞台ではない。

見えないところにあるたくさんの支えがあってこそ、一つの舞が生まれる。

それはきっと、舞踊だけではなく、この世界そのものなのだと思う。

あの日、胸に広がった熱さを、わたしは今も覚えている。

今日もどこかで、誰かが誰かの安心や笑顔のために、静かに、丁寧に働いている。

その見えない支えに感謝しながら、わたしもまた、誰かを支えられる一人でありたいと思う。

 

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<庭のアラビアン・ジャスミン>

 

読んでくださって、ありがとうございました。

あなたにとって素敵な一日となりますように。

七夕に、生き方を見つめる

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今年の七夕は、とても素敵な時間となった。f:id:Kaoriok:20260714213825j:image

ここ数年、日本人として、少しずつ暦に沿った暮らしを大切にしている。

わたしが子供の頃は、西洋的なものに意識が向いている家庭に育ったせいか、さすがに正月やひな祭りは祝ったけど、あまり暦に合わせた祭事をすることはなかった。

その後、海外に出て、初めて日本の文化に興味を持ったけれども、海外生活が長く、暦に合わせた祭事をする機会も持たなかった。

今年は、笹を飾り、七夕飾りを作り、短冊を書いて七夕を迎えようと思い、位山へ行く前に笹や折り紙を準備した。

そして、位山から帰ってきた翌日の7月6日、ようやく飾りを作ることができた。

実は、七夕飾りを作るのも、初めてかもしれない。

吹き流し、折り鶴、網飾り、巾着、紙衣、提灯、屑籠などを、一つひとつ折り紙で作り、輪つなぎを作り、短冊を結ぶ。

その静かな時間は、不思議と心を整えてくれた。

水無神社でいただいた茅の輪守りも飾った。

今年の七夕飾りは、ただの飾りではなく、この数日間を映す風景になったように思う。

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短冊に書いた願いは、こんな感じ。

「わたしは日本各地そして世界で舞い、演奏し、語り、書きながら、自分らしく自由で豊かな人生を喜びとともに楽しんでいます。」

そして、

「愛を持って丁寧に生きる」

さらに、

「責める心」

と書き、それを捨てて手放すことにした。

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飾りを作り終えた頃、その願いをもう少し深めてみたくなった。

「日本各地とは?」

「世界とは?」

「舞うとは?」

「自分らしくとは?」

「自由とは?」

一つひとつ問い直していくうちに、最初は夢だと思っていたものが、少しずつ違うものへ変わっていった。

最初は、

「もっと舞いたい。」

「もっと公演をしたい。」

そんな思いが中心だった。

もちろん、その思いは今も変わらない。

踊ることは大好きだ。

舞っていると、「ああ、生きている」と感じる。

もっと上手になりたいとも思う。

でも、問いを重ねるうちに気づいた。

本当に大切なのは、

何をするかではなく、どうありたいかなのだ。

舞うことも、

演奏することも、

語ることも、

書くことも、

どれも、わたしらしく生きるための大切な表現である。

そして、その奥にあったのは、

愛を持って、
丁寧に、
喜びとともに生きること。

自分らしく、
自由に、
豊かさを感じながら生きること。

そんな在り方を大切にしたい。

そう在ることができたなら、

舞も、

ガムランも、

ブログも、

YouTubeも、

通訳も、

きっと自然に誰かとのご縁を結び、

あたたかな時間や場を育んでいくのだと思う。

そんな思いを重ねながら、今年後半に向けて、わたしなりの人生の指針(DDP:Definition Direction Purpose)を書き上げた。

 

わたしは、ご縁に導かれながら、日本各地そして世界で舞い、演奏し、語り、書いています。愛を持って丁寧に、自分らしく自由で豊かな人生を喜びとともに楽しんでいます。その喜びの中で、人と人、人と文化、人と本来の自分が自然につながり、一人ひとりが安心して自分らしく輝き、笑顔と対話が生まれる、あたたかな円の場が育まれています。

 

書き終えたとき、心がまあるくなった。

何を目指すのかというより、

どんな気持ちで毎日を生きたいのか。

その輪郭が、自分の中ではっきりした気がした。

 


七夕が終わり、位山で舞を奉納した翌朝。

宿で身支度をしていると、

ふと、

「ああ、わたしはいろいろなものを責めてきたんだ。」

という言葉が心に浮かんだ。

頭で考えたのではない。

自然と湧いてきた言葉だった。

その瞬間、不思議なくらい腑に落ちた。

あのときは七夕とは別の出来事だと思っていた。

でも今振り返ると、

「責める心」を手放したことと、

この気づきは、

一本の流れだったように感じている。

だからこそ、「愛を持って丁寧に生きる」という言葉が、以前よりずっと深く胸に響いている。


わたしは、これから運勢でいう「冬」の時期に入る。

だからこそ、このタイミングで、自分の在り方を言葉にできたことは、大きな意味があったように思う。

思うように進まない日もあるだろう。

立ち止まる日もあるだろう。

そんなときも、この言葉に戻ってこよう。

 

舞うことを楽しみ、

語ることを楽しみ、

書くことを楽しみ、

出会いを楽しみ、

日々を喜びと感謝とともに味わっていきたい。

その喜びの中で、新しいご縁が生まれていく。

そんな人生だったら、とても幸せだ。

今年の七夕は、願い事を書く日ではなかった。

どんな自分でありたいのか。

どんな喜びの中で生きていたいのか。

それを静かに見つめ、言葉にした日だった。

 

読んでくださって、ありがとうございます。

あなたにとって、素敵な一日になりますように。

以前のわたしなら、選ばなかった舞

岐阜県高山市、霊峰位山の麓。

2026年7月4日。

200基のランタンが夜空へ放たれる「ゆめかな祭り2026」で、ジャワ舞踊「ガンビョン・パレアノム」を奉納した。

この舞は、村々を巡り、人々の豊穣を願って踊られていた舞が元になっている。

後にマンクヌガラン王宮へ取り入れられ、そこからまた発展し、今でもジャワでは結婚式や大切なお客様をお迎えするときなどによく踊られている。

わたし自身も何度も踊ってきた演目だけれど、以前なら、自分で演目を選べるとき、この舞を選ぶことはほとんどなかった。

もっと難しい舞。

もっと精神性の高い舞。

もっと挑戦になる舞。

そんな演目ばかりに惹かれていたからだ。

ガンビョンには、豊穣や生命の誕生を象徴する所作がある。

裾を少し持ち上げて脚を見せる動き。

男女の結びつきを思わせる動き。

ジャワらしく、とても上品で抽象的な表現だけれど、その奥には生命を祝福する意味が込められている。

だからわたしは、この舞をどこか避けていたのかもしれない。

でも今振り返ると、人前で踊ることや、人を惹きつけることに抵抗があったわけではない。

わたしはもともとダンサーだったし、舞台に立つことも、人に見てもらうことも好きだった。

では、何に抵抗していたのだろう。

位山から帰ってきて、そんなことをぼんやり考えていた。

そして、ふと思った。

もしかするとわたしは、

「女性性を使うことは、どこかずるいこと。」

そんな思い込みを持っていたのかもしれない。

女性らしさよりも、

技術で認められたい。

精神性で評価されたい。

そんな気持ちが、どこかにあった。

あるいは、自分ではない何者かになろうとしていたのかもしれない。

でもここ数か月、この舞を踊っていて感じたのは、そんなことではなかった。

ただ、喜びがあふれてくる。

風が吹くように。

水が流れるように。

自然の流れの中に、自分も溶け込んでいるような感覚。

豊穣とは、性的なことだけではない。

生命が巡り、

生命が生まれ、

生命が喜ぶこと。

その循環そのものなのだと思えた。

そしてもう一つ気づいた。

この舞は、豊穣を「表現する」舞ではなく、

豊穣を「先に祝う」舞なのだ。

まだ見ぬ実りを。

まだ見ぬ生命を。

先に寿ぐ。

だから、この舞の中にある女性らしさも、誰かを惹きつけるためではなく、生命そのものを祝福する祈りなのだと、今は感じている。

そんなことを考えていた位山奉納の数日後、偶然、はせくらみゆきさんが天宇受売命について語っている動画に出会った。

その中で、とても心に残った言葉があった。

天宇受売命とは、生命の喜びがあふれ、その喜びそのものが舞となって現れた存在なのだという。

内なる神性が輝くと、生命は喜びに満ち、その喜びは「笑い」となり、「咲い」となる。

生命の花が咲く。

その喜びがあふれ出している姿こそが、天宇受売命なのだ、と。

さらに印象的だったのは、

「舞は、ご神事(祭り)である。」

という言葉だった。

ここでいう祭りとは、お祭り騒ぎではなく、神を迎える神事。

舞とは、天と地を結び、神の降臨を舞うこと。

そして、その舞を深めていくと、言葉を超え、自分がなくなっていくという。

その話を聞きながら、わたしはジャワ舞踊を始めた頃のことを思い出していた。

わたしはもともとモダンダンスや創作ダンスを踊ってきた。

そこでは、自分が何を感じ、何を表現するかが大切だった。

そして、自分という存在がどれだけ輝けるか。

どれだけエネルギーを遠くまで届けられるか。

どれだけ人を惹きつけられるか。

そんな世界だった。

一方、ジャワ舞踊では「自分を表現しない」とよく言われる。

でも、それは決して仏頂面になることでも、無表情になることでもない。

何も感じないことでもない。

ましてや、自分の世界に閉じこもって自己満足で踊ることでもない。

ガンビョンなら自然に微笑む。

王女なら王女の品格がある。

勇ましい武将なら、その力強さがある。

役柄もあり、踊りが持つ世界観もある。

そして、お客様との交流もある。

一緒に踊る人との交流もある。

どう見えているかも大切にする。

つまり、何もないのではない。

その踊りの「氣」に満ちている。

ガンビョンにはガンビョンの氣がある。

その氣が身体に満ちるからこそ、その舞らしい表情が生まれ、その舞らしい空気が立ち上がる。

そこにはもちろん踊り手自身もいる。

身体も違う。

積み重ねてきた人生も違う。

だから、その人らしさは自然とにじみ出る。

でも、それは「わたしを見て」と押し出した結果ではない。

踊りの氣が満ちた結果として、自然に現れてくるものなのだ。

特に神聖な舞を何度も何度も踊り込んでいると、ときどき不思議な瞬間が訪れる。

そこには「わたしが踊っている」という感覚がない。

踊りだけが起きている。

身体は動いている。

お客様との交流もある。

空間も感じている。

それなのに、「わたし」が前に出てこない。

その感覚は、実は初めてではない。

コロナ禍、誰に見せるでもなく、ひたすら踊り込みをしていた頃にも、何度も味わっていた。

だから今回、はせくらさんのお話を聞いて、

「ああ、この感覚のことだったのか。」

と初めて知ったのではなく、

身体が思い出した。

位山で感じた、あの静かな喜びも、きっとそこから生まれていたのだと思う。

あの日、わたしは何かを証明しようとしていたわけではない。

何かを表現しようとしていたわけでもない。

若い頃のわたしは、どこかで、

「もっと上手くなりたい。」

「もっと深く踊りたい。」

「もっと認められたい。」

そんな思いを抱えていた。

もちろん今でも、もっと上手く踊りたいと思う。

もっと美しく。

もっと深く。

もっとその舞らしく踊りたい。

お客様からどう見えているかも気になる。

美しく届けたいとも思う。

その気持ちは、今も変わらない。

でも以前とは、どこか違う。

以前は、難しい舞を踊れることや、精神性の高い舞を踊れることに、どこか自分の価値を重ねていたのかもしれない。

今は、ガンビョンを踊っていても、それを感じない。

何かを証明しなくてもいい。

ただ、その舞の氣に満ちて、その場にいる。

それだけで十分だと思える瞬間がある。

だから、あの日の舞は、わたしにとって「奉納」だったのだと思う。

以前のわたしなら、選ばなかった舞。

でも今は、この舞を踊ることが、本当に楽しい。

 

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<奉納後の写真>

 

読んでくださって、ありがとうございました。

あなたにとって素敵な一日となりますように。

 

責めるより、受け入れる

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先日、一つの気づきがあった。

それは、位山の「ゆめかな祭り」で、ジャワ舞踊を予祝の舞として奉納した翌朝のことだった。

高山の宿で目を覚まし、前夜干しておいた舞衣装を静かに片付けながら、ふと、一つの言葉が心に浮かんだ。

「ああ、わたしは、いろいろなものを責めてきたんだ。」

その瞬間、静かな驚きがあった。

そして、なぜだか、とても感動した。

それまでそんなことを考えていたわけではない。

ただ、その言葉が自然に湧いてきたのだ。

もちろん、このことをまったく知らなかったわけではない。

頭では、どこかでわかっていたのだと思う。

でも、その朝は違った。

初めて、本当に腑に落ちたような感覚があった。

思い返してみると、自分の病気もそうだった。

「もっと気をつけていれば。」

「何かが悪かったのではないか。」

「わたしの心が悪くて、罰を受けているのだろうか。」

「何でわたしばかり、こんな目に遭わなければいけないの?」

「こんなに頑張っているのに、なんで?」

そんなふうに、自分も、状況も、責めてきた。

そして、自分だけではなかった。

誰かが病気になると、心のどこかで、「その人にも原因があるのでは」と考えてしまうこともあった。

父は肺がんの治療を続けている。

それでも、暑くなると毎日のようにアイスクリームを食べる。

以前のわたしなら、

「どうして食べるの。身体に悪いのに。」

そんな思いが先に立っていた。

でも最近は、そんな父を見ても、以前ほど責める気持ちは湧かなくなった。

健康でいてほしいという願いは、今も変わらない。

それでも、

「それも父の自由なんだ。」

そう受け止められる自分がいる。

以前から思っていることがある。

本当のところ、何が本当に良くて、何が本当に悪いのかは、案外わからないのではないだろうか。

もちろん、その時代の医学や科学から学ぶことは、とても大切だ。

けれど、「これが正しい」と信じられていたことが、十年後、二十年後には変わっていることも少なくない。

食べ物も。

健康法も。

生き方も。

時代とともに、常識は少しずつ変わっていく。

だからこそ、自分や誰かを簡単に責めなくてもいいのかもしれない。

人生に起きた出来事も同じだ。

あの出来事が本当に良かったのか。

悪かったのか。

「その答えは、人生の終わりまでわからない。」

この言葉は、昔、父がわたしにかけてくれた言葉だ。

当時のわたしは、人生の激動の中で疲れ果て、何もかも失ったような気持ちでいた。

そんなわたしに父は、国際電話の電話口でそう言ってくれたのだ。

そして、

「帰って来い。」

あの言葉に、どれほど救われただろう。

そして、その頃初めて気づいた。

子どもの頃からずっと誤解していたけれど、父は、とても温かい人だったのだと。

だから今のわたしには、「責めるより、受け入れる」という言葉が、しっくりくる。

何でも肯定するということではない。

諦めるということでもない。

ただ、「今はこうなんだ」と、まず受け止めること。

そうすると、不思議と心は少し軽くなる。

高山の宿で湧いてきた、あの一言。

「ああ、わたしは、いろいろなものを責めてきたんだ。」

この気づきを、忘れずに生きていきたいと思う。

 

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〈夕焼け 2026年7月10日〉

 

読んでくださって、ありがとうございました。

あなたにとって素敵な一日となりますように。

 

起きることはただ起きる

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先日、「心配するのではなく、信頼する」という記事を書いた。

その後も、不思議なくらい何度も「信頼」を試されるような出来事が続いている。

入ると思っていた仕事がキャンセルになった。

税金の通知が届く。

お金は少しずつ減っていく。

そして、来年からは運気が「冬」に入ると言われている。

月の運気でも、これから数か月は冬の時期らしい。

「今年のうちに、やりたいことは全部やる。」

そんな言葉もいただいているだけに、「間に合うだろうか」と焦る気持ちが顔を出す。

正直に言えば、お金のことを考えると不安になる。

それはきれいごとでは済まされない現実だ。

けれど、最近少しずつ思うようになった。

本当に「不安」がやってきているのだろうか。

やってきているのは、

仕事がキャンセルになったという出来事。

税金の通知。

運気の話。

ただ、それだけなのかもしれない。

それを「困った」「将来が心配だ」「間に合わない」と解釈しているのは、わたしの心なのだ。

そう考えたとき、以前聞いた仏教の「一本目の矢、二本目の矢」というたとえを思い出した。

一本目の矢は、避けることのできない出来事。

けれど、人はそこに自分で二本目、三本目の矢を刺してしまう。

仕事がキャンセルになった。

それが一本目の矢。

そこに、

「この先どうしよう。」

「もうダメかもしれない。」

「間に合わない。」

そんな思いを重ねて、苦しみを大きくしているのは、わたしなのかもしれない。

出来事は、ただ起きる。

そして、その出来事に対して感情が生まれる。

それもまた、ただ起きる。

だから、不安をなくそうとする必要はないのかもしれない。

「ああ、今、わたしは不安を感じているんだな。」

そう気づけばいい。

以前なら、その不安を何日も抱え込み、頭の中で何度も繰り返していた。

でも今は、少しだけ違う。

「ああ、また来たね。」

そう言って、以前より少し早く手放せるようになってきた。

ホ・オポノポノの言葉を唱えることもある。

「ありがとう。
ごめんなさい。
許してください。
愛しています。」

そうして心を静かにしていると、不安そのものが消えるわけではないけれど、不安に飲み込まれなくなってくる。

結局、出来事はこれからも起き続ける。

嬉しいことも。

思い通りにならないことも。

どちらも、ただやってくる。

それをどう受け取り、どう解釈するか。

その自由だけは、いつもわたしの中にある。

もちろん、それさえも、ただ起きていることなのだけれど。

それでも今日も、目の前のできることを一つずつやる。
それもまた、自然に起きてくることなのだろう。

そして、あとは信頼する。

最近思う。

「信頼する」とは、不安がなくなることではない。

不安がやってきても、それを握りしめ続けないこと。

出来事は、ただ起きる。

感情も、ただ起きる。

そのことを忘れずに、今日も目の前の一瞬一瞬を、味わおうと思う。

 

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〈庭のハイビスカス〉

 

読んでくださって、ありがとうございました。

あなたにとって素敵な一日となりますように。