先日、「心配するのではなく、信頼する」という記事を書いた。
その中で、わたしは「自分を責める心を手放す」と書いた。
その翌日、糖尿病の定期受診があった。
約1か月半前に受けた75gブドウ糖負荷試験の結果を聞くためだった。
実は、この検査を受けるのは約10年ぶりである。
13年前、ジャワに住んでいた頃のことだ。
たくさん食べているのに、どんどん痩せていった。
足もよくつるようになり、そのつり方も少し変だった。伸ばしても治らず、しばらくすると自然に治る。そんな状態だった。
親しい方から「一度検査した方がいい」と勧められ、いろいろ調べてはいたが、食事もそれなりに気をつけていたし、運動もそれなりにしていて、どちらかというと痩せ型のわたしが、まさか糖尿病だとは思っていなかった。
もうすぐ日本へ帰国する予定だったので、日本で検査すればいいと思っていた。
ところが、ある時、尿がベタつくことに気づいた。
「まさか…」
そう思って血糖値を測ってもらうと、400近くあった。
すぐに現地の病院で糖尿病と診断された。
日本へ帰国した時のHbA1cは10を超えていた。
まずは一般的な治療を受け、薬を飲み始めると、HbA1cは順調に下がり、薬も少しずつ減っていった。
けれど、ある時ふと思った。
「このままでは薬はなくならない。」
「糖尿病もこれ以上は良くならない。」
「もっと自分でできることはないのだろうか。」
そう思い始めた。
ちょうどその頃、仕事が決まり、再びジャワへ長期滞在することになった。
それをきっかけに薬をやめ、厳しい糖質制限を始めた。
最初は本やインターネットで調べながら、自分なりに工夫していた。
その後、日本へ帰国するたびに京都の糖質制限を専門とする病院へ通うようになった。
体調はとても良かった。
自分でも驚くほど身体が軽かった。
主食は一切食べず、その代わりに肉や魚、卵などのたんぱく質と脂質をしっかり摂った。
糖質制限パンや糖質制限プリンまで自分で作っていたほどだ。
健康的に体重も増え、周りからも「健康そうになったね」と言われた。
以前はよくできていた口内炎も、その数年間は一度もできなかった。
もちろん血糖値も低く保つことができていた。
ところが、その後、長期間の厳しい糖質制限については様々な考え方があることを知った。
そして決定的だったのは、京都の病院での最後の診察だった。
担当してくださっていた先生が別の病院へ移られることになり、その最後の日の診察で、
「やっぱり、お米は少しは食べた方がいいですよ。」
とおっしゃった。
最後の日だったからこそ、本音を話してくださったのかもしれない。
そこで今度は、緩やかな糖質制限を勧める先生を探した。
幸い、地元でそのような先生に出会うことができた。
それが今の主治医である。
先生は、
「厳しい糖質制限は危険だから、主食はコントロールしながら食べた方がいい。」
という考えだった。
とはいえ、「ご飯を何グラム食べましょう」と細かな指導を受けたことはない。
希望すれば栄養指導も受けられたが、わたしは自分の身体の反応を見ながら、自分なりに食事を調整してきた。
それでも年々HbA1cは少しずつ上がっていった。
その後、ご縁があり、約2年前から4毒抜きも始めた。
糖尿病だけでなく、緑内障や甲状腺機能亢進症もあったので、身体全体が少しでも良い方向へ向かえばという思いからだった。
ただ、植物油をやめるとカロリー不足になり、お腹も空く。
4毒抜きでは「お米をしっかり食べる」ことが勧められていたので、少量を何度にも分けて食べるなど、自分なりに工夫を重ねた。
その結果、お米を食べる量が増え、HbA1cもかなり上がってしまった。
(ちなみに、甲状腺機能亢進症は改善傾向にあり、緑内障も進行が緩やかになっているように感じている。)
その後も食べ方を工夫し続け、最近はようやく少しずつHbA1cが改善してきた。
今も薬は飲まず、食事と運動で何とかコントロールしている。
ただ、主治医から、
「前回よりインシュリン分泌が減っている可能性があるので、一度調べてみましょう。」
と言われ、今回10年ぶりにブドウ糖負荷試験を受けた。
結果は2時間値で9.8。
10年ほど前は12だった。
普通の人なら100程度。
この病院へ通っている糖尿病患者さんでも、初期値で平均48ほど出るそうだ。
やはり、わたしのインシュリンはほんの少ししか出ていなかった。
先生は結果を見ながら言った。
「こんなへぼいインシュリンで、よくやってるよ。」
そして、何年も前から繰り返し言ってくださっていた言葉を、今回も静かに話してくれた。
「あなたのせいじゃない。」
「あなたの性格が悪いわけではない。」
「あなたの生活態度が悪いわけでもない。」
「体質なんだ。」
「昔の人みたいに、毎日川へ水を汲みに行くような生活だったら、問題なかったかもしれない。」
そして、
「でも、限界はある。」
今は何とかHbA1cを7台後半で保っている。
先生の目標はHbA1c 7.5以下。
実は2年ほど前までは、7.5を超えることはあまりなかった。
そのくらいであれば、合併症のリスクを抑えられるという考えだ。
ただ、先生によると、この状態が何十年も続けば、透析などの合併症や、がんを含めた健康上のリスクも高くなる可能性がある。
だから、
「薬を飲みたくない気持ちは分かっている。でも、メトホルミンという薬を一度考えてみてもいいかもしれない。」
と勧められた。
帰り道、いろいろな気持ちが湧いてきた。
「やっぱり、普通の人とは少し違う身体なんだ。」
「これだけ努力してきたのに、健康に関しては報われていないような気がする。」
「やっぱり、わたしが悪いのかな。」
そんな思いも浮かんだ。
それに、糖尿病であることを人に話すのは、今でも少し抵抗がある。
どこかで、
「自己管理が悪かったんでしょう。」
と思われる気がしてしまう。
みんながおいしそうに食べている時に、一緒に食べられない寂しさ。
いただいたものを遠慮しなければならない申し訳なさ。
そのたびに説明しなければならない面倒さ。
そんな小さなことが、少しずつ積み重なっていく。
でも、家に帰ってから気がついた。
先生は、もう何年も前から、
「あなたのせいじゃない。」
と言い続けてくれていたのだ。
受け入れられていなかったのは、わたしの方だった。
長い間、「病は気から」という言葉を聞くたびに、「わたしの心が悪いのだろうか」と、自分を責めてきた。
完璧でいられない自分を、どこかで責め続けていた。
どこかでずっと、
「もっと頑張れば。」
「まだ努力が足りない。」
そう思い続けていた。
今回、インシュリン分泌が9.8という数字を見て、ようやくその言葉が心に入ってきた。
もちろん、努力をやめるつもりはない。
食事も工夫する。
身体とも向き合い続ける。
薬をどうするかもまだ決めてない。
でも、自分を責め続けることは、もう手放してもいいのかもしれない。
前回のブログで書いたように、
「起きることは、ただ起きる。」
そして、
「心配するのではなく、信頼する。」
この身体もまた、わたしに与えられた一つの条件なのだろう。
だから今日も、この身体を責めるのではなく、この身体に感謝しながら、一緒に生きていこうと思う。
病気だったからこそ気づけたこともある。出会えた人もいる。変わった生き方もある。
そう考えると、この身体もまた、わたしにとって大切な先生なのかもしれない。
あとがき
もしこの記事を読んでいる方の中に、糖尿病で自分を責めている方がいたら、お伝えしたいことがあります。
糖尿病には、さまざまなタイプがあると思います。
もちろん生活習慣が大きく影響する場合もありますが、それだけでは説明できない人もいます。
少なくとも、わたしの場合はそうでした。
だから、努力は続けながらも、自分まで責め続けないでほしい。
それは今回、何年も同じ言葉をかけ続けてくれた主治医から、ようやく受け取ることができた、一番大きな贈り物でした。

〈庭のハイビスカス〉
最後まで読んでくださってありがとうございました。
どうぞ良い一日をお過ごしください。