香りの舞い ~流れる水のように 燃える火のように 静かな大地のように 自由な風のように~

ジャワ舞踊やガムラン音楽に関すること、日々の気付きや学び、海外生活で見聞したこと、大好きな植物や動物に関してなどを、私が感じたことを気ままに、ゆるゆると書いていきます

車社会ロサンゼルス/ロサンゼルスの暴動 ~ 私の歴史/記録(8)

私の歴史/記録シリーズです。前回は、アメリカ、カリフォルニア州サンタモニカのコミュニティ・カレッジで学んだことを書きました。以下からお読みいただけます。↓

私の歴史/記録 カテゴリーの記事一覧 - 香りの舞い ~流れる水のように 燃える火のように 静かな大地のように 自由な風のように~

 

私が、コミュニティ・カレッジに通っていた頃、確か、ロサンゼルスのウエストウッドに住んでいました。サンタモニカから、少し東へ行った、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のすぐ近くです。そこから、サンタモニカ・カレッジ(サンタモニカのコミュニティ・カレッジ)に通っていました。車で通っていたはずです。古い日本車を所有していました。私が住んでいた頃の南カリフォルニア(たぶん、アメリカの大部分も)は、公共交通機関が発達しておらず、治安も良くないので、歩くのも危険に遭遇する可能性があり、移動には車がほぼ必須でした。

その頃聞いた話では、ロサンゼルスでは、以前、地下鉄を作り始めたけれども、地下鉄ができると、車もガソリンも売れなくなると心配した、車会社とガソリン会社が結託して、その地下鉄事業を買い取り、すでに掘ってあったトンネルをコンクリートで埋めてしまった。それで、ロサンゼルスの地中にはコンクリートの塊があり、新しく地下鉄を作るのにも難航している、ということでした。真偽のほどは定かではないですけれど、でも、アメリカでは、このように、日本では考えられないような事がまかり通る国であったことは確かです。今は、ロサンゼルスでもローカルの鉄道網が出来ているようですね。どんな感じなのでしょうかね。

余談ですが、ロサンゼルスやサンディエゴでは、「ちょっとそこまで」という感じで、高速道路で30~40分ぐらい行くのが普通でした。何もかもが広々としていました。でも、ニューヨークでは、マンハッタンに固まって住んでいる人が多かったので、何もかもが近かったです。地下鉄網も発達していましたし。ニューヨークの人がカリフォルニアに来ると、どこへ行くにも車で遠くまで連れていかれ、不安になったとか。同じ大都市でもかなり違いますね。

 

サンタモニカ・カレッジに通っていた頃、ロサンゼルスで暴動が起き、外出禁止令が出されました。私はそのことを知らず、カレッジに行き、なんだか全然人がいないなぁと思っていたら、外出禁止令が出たから帰れと。ちなみに、外出禁止令は英語でcurfewと言います。その時は、そんな単語は知らずに、何の事だろうと思いながらも帰りました。その後、外出禁止令と聞き、もしかして、何日も家から出られないかもしれないと思い、スーパーへ走りました。スーパーでは、みんな買いだめをしていたので、いろんな棚が空になっていたのが印象に残っています。特に牛乳が全然ありませんでした。アメリカの方、牛乳が好きなんですね…。

私の日本人の友人も、外出禁止令のことを知らずに少し遠出をしていたら、人が全くおらず、バスも走っておらず、しかたなく歩いて帰る途中に、私の家に寄ってくれました。うちに来るまで、彼も全く外出禁止令と気づいていなかったのです。外国人って、何か事が起こると情報弱者だなぁと思います。

暴動は、白人警官による黒人への暴行と、それが無罪判決になったことが引き金でした。商店への放火と略奪が始まりました。また、白人に対する暴行も起きました。でも、韓国人と黒人の間にすでに大きな確執があったことから、暴動の中心は韓国人への攻撃へと変わりました。韓国人の経営する商店などが攻撃され、韓国人街はひどい状況になっていました。日本人も、韓国人に間違えられて、車から引きずり出され、暴行された人もいたと聞きました。それで、私も、その後しばらくは、なるべく韓国人街は通らないようにしていました。また、車に乗っている時も、必ずドアはロックし、窓も閉めていたことを覚えています。

アメリカでは、残念ながら、人種差別、人種間の軋轢がまだまだ大きいです。それは、私がアメリカに住んでいた間中、折に触れて感じていたことです。私自身、差別を受けることもありましたから。幸い、私の周りはアーティストが多く、人種差別を受けることは少なくて済んだのですけれども。

私の歴史/記録シリーズはまだまだ続きます!

 

読んでくださってありがとうございました。

あなたにとって素敵な一日となりますように。

 

<今日の植物(庭の植物シリーズ)>

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「赤のハイビスカスの花が綺麗に咲きました」photo by Kaori



 

 

 

病気と向き合う(4)

今日は、「病気と向き合う」シリーズです。私の経験が、少しでもどなたかの役に立つのではと思い書いています。前回は、糖尿病の治療として、厳しい糖質制限を始めたことを書きました。以下からお読みいただけます。↓

病気と向き合う カテゴリーの記事一覧 - 香りの舞い ~流れる水のように 燃える火のように 静かな大地のように 自由な風のように~

 

糖質制限で大変だったのは、日々の食事です。まず、外食は難しい。特にジャワはご飯たくさんに、おかずが少しという文化ですから…。それまでは、ジャワでは基本的に買い食いか、外食だったのですが、糖質制限をはじめてから、毎日料理をするようになりました。ただ、仕事で田舎の方に車で遠出をすることも多く、そうすると、外食か、出先で出していただく食事か、道中のコンビニなどで買う食事となるわけです。日本なら、今ではいろいろ糖質制限食をコンビニでも買えますけど、ジャワのコンビニで買えるものと言ったら、ほぼ炭水化物(糖質)のみ。巷には、こんなに炭水化物があふれているのかと、愕然としました。そして、それらは食べられません。普通の人と違う状況になると、こんなにも大変なんだと、身をもって知りました。食べ物にアレルギーなどがあって、きっと、人知れずそんな思いをしている方たちも多いのだろうと、初めて思い至りました。余談ですが、ジョグジャカルタのコンビニやスーパーでは、日本のコンビニで売られているようなおにぎりも売られていました。でも、冷蔵庫ではなくて、レジ横に置いてあるのです!一体、どんな保存料が入っているのだろうと、ちょっと怖くなりました。そんなわけで、私はそのおにぎりを食べたことがなかったのですが、現地のお友達によると、結構おいしいのだそうです。でも、ジャワにもおにぎりのような、伝統的な食べ物があります。たとえば、lemper。ココナッツミルクで調理したもち米の中に、味付けされ、細かくされた鶏肉や魚が入っており、棒状に形作られ、バナナの葉で包まれたものです。日本のおにぎりを売る位なら、lemperを売ればよいのにと、いつも思います。

話を戻します。道中、炭水化物以外の食事を手に入れることが難しかったため、お弁当として持っていけるように、小麦ふすまなどを使って、自分で糖質制限のパンなども焼くようになりました。ちなみに、パンを焼いたのは初めてです。それが、思ったよりずっと楽しいのです。また、たまに甘いものが食べたくなるので、糖質制限食材で、プリンやババロア、クッキーなども作っていました。そうすると、不思議なもので、砂糖のたくさん入った甘いものは、においをかぐだけで気持ち悪くなってくるのです。ただ、糖質制限食材は、ジャワで手に入れるのが難しく、ほとんどは、日本で買って郵送していたので、結構お金がかかりました。調味料なども、出来るだけ糖質の少ないものを使っていました。また、炭水化物は安いですけれども、タンパク質は高く、ご飯を食べずに、メインディッシュを2皿食べるような感じだったので、食費も結構かさみました。それでも、自分の身体が一番大事なので、そこにはお金をかけていました。

良かったことは、自分の食事を見直せたことです。それまでは、あまり考えずに食べていましたけれども、いろいろ気を使って食べるようになりました。またバカ食いをしなくなりました。甘いものもそれほど欲しくなくなりましたし。そして、いろんな料理ができるようになったことも収穫でした。

それから、運動も血糖値を下げる効果があります。その中でも、食後すぐに30分ぐらい歩くのが一番効果があります。実は、いろいろ実験してみたのです。30分ジャワ舞踊を踊るより、30分歩いたほうが効果が高かったです。また、走るよりも、さっさと歩く方がなぜか効果が高いのです。糖が筋肉で消費されるので、血糖値がそれほど上がりません。もし、毎食事ごとに、食後20分以上歩けるのなら、糖質制限は必要ないかもと思うくらい効果があります。

また、巷には、糖尿病に良い食材と言われるものもありますけれども、血糖値を下げる食材はありません。ただ、血糖値を上がりにくくしたり、上がり方をゆるやかにするだけです。私の経験では、ゴーヤを食べた時は、食べなかったときに比べて、血糖値の上昇が少なかったと思います。一般的に、血糖値の上下の差が大きいほど、血管を傷つけると言われているので、上昇が緩やかになるだけでも、ありがたいですね。

あと、ジャワにいる時に通っていたマッサージのおばちゃんに、「糖尿病にとても効くから」と乾燥したステビアの葉のお茶を勧められました。ステビアは草で、かじってみると、とても甘いです。それで、砂糖代わりに甘味料として使われますが、その他にも、ステビアには、インシュリン抵抗性を改善する力があるそう。私の場合は、インシュリン抵抗性はなく、インシュリンの出がとても少ないという問題なので、ステビアは私にはあまり効かないのかもしれません。でも、今、日本でもステビアを育てています。普通にホームセンターに売っています。私はハーブティを作るのが好きなので、ハーブティを甘くするために、ステビアを使っています。

 

ジャワにいたころの私は、私の身体は糖質を受け付けないのだから、それならば、糖質なんて食べてやるもんかという気持ちもあったと思います。自分の身体をいじめるというか。自分の身体が情けなく感じて。今はもう自分の身体が受け入れられるので、とても楽になりました。

 

実は、今は軽い糖質制限しかしていません。その理由はいくつかありますが、また、次回にでも書きますね。そして、血糖値の上昇をゆるやかにするために、私が使っているテクニックも次回ご紹介しますね。ただ、私には効果的ですけど、他の人にはどうだかわかりませんので、その点は悪しからず。

  

読んでくださってありがとうございました。

あなたにとって素敵な一日となりますように。

 

<今日の植物(庭の植物シリーズ)>

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「サンダーソニアの花」photo by Kaori



ジャワ舞踊練習会in大阪

日曜日は、大阪でのジャワ舞踊練習会でした。

ジャワで練習するように、みんなで一緒に踊りたい踊りを練習できたらよいなと思って、大阪の大切な友人と始めた会。月に一回のペースでやっています。場所の確保から、日程調整まで私の友人がすべて取り仕切ってくれて、こういう練習会ができるのは、本当に感謝しかないです。

前半は、僭越ながら私が、ジャワ舞踊の中でもスラカルタ様式舞踊の基礎を教えさせていただき、後半は、みんなで、スラカルタ様式、ジョグジャカルタ様式、マンクヌガラン様式の踊りを楽しく踊ります。踊りがわかる人が前で踊り、みんなそれについていくというスタイルです。実際、私がいつも練習に参加しているマンクヌガラン王宮では、いつもそのスタイルでの練習です。たまに練習に参加させていただいていたジョグジャカルタ王宮でも、踊っている時に先生がまわってきて少しずつ直してくれますが、同じような感じで練習が進んでいました。手取り足取り教えてもらえるわけではないので、学ぶのには長い時間がかかるかもしれませんが、ジャワ舞踊で一番大切な「Rasa ロソ(ジャワ語。またはインドネシア語のラサ」を学ぶには、良い方法かもしれないなぁと感じています。(ロソは、とても訳しにくいですが、あえて訳すならフィーリングといった意味でしょうか。)その舞踊一曲全体の流れも俯瞰できますし。でも、舞踊テクニックをきちんと学ぶには、細かく教えてもらうのも必要ではあるかなとも思います。人それぞれに、あった学び方があると思いますが、その辺のバランスが取れると良いなぁと思っています。

今回は、初参加の若いコンテンポラリーダンサーの男性が!私がひょんな事で知り合った、とてもご縁を感じる方です。手がとても綺麗で、人柄も素晴らしく、思わずジャワ舞踊にお誘いしてしまいました。感性もとても鋭いですし、これからがすごく楽しみです。そして、日本でジャワ舞踊を踊る男性は非常に少ない!もっとも、日本では、ジャワ舞踊を踊る人口自体がかなり少ないのですけれども。この素晴らしい芸能をもっと広めていかなければなりませんね。私は異国の文化を伝えていくということは、巡り巡って、世界の平和にも繋がっていくと考えています。それは、アメリカで縁あって、小学生にバリ舞踊とバリガムランを教えていた時につくづく感じたことです。そのことに関しては、また書く機会があるかもしれません。

話が少し逸れましたが、戻しますね。

いつも、練習に参加してくださっている、まだジャワ舞踊をはじめて日の浅い方々も、毎回、成長の兆しが見えて、嬉しい限りです。動きも滑らかになってきていますし。大きな成長ですね。私にとっても大きな勉強をさせてもらっています。

そして何より、私は普段、一人で練習していますが、やはり一緒に練習してくれる仲間がいるのがとても楽しいですし、刺激になります。

ジャワ舞踊をはじめとするジャワ芸能は、コミュニティをベースとした芸能です。お互いに支え合って、お互いを気にかけ、思いやり、(言葉ではない)コミュニケーションが取れて、初めて成立します。それは、踊り手同士、演奏者同士だけではなく、踊り手と演奏者の間の、即興的コミュニケーションもとても重要。ある意味、理想的なコミュニティの雛型ともいえるかもしれません。そして、洗練された繊細な芸術性の高さ、深い精神性も相まって、とても興味深く、大きな可能性を秘めた、学びの多い芸能です。何十年学んでも、終わりの見えない芸能だと思います。ジャワ舞踊やジャワガムランに関しても、今後、このブログで少しずつ書いていこうと思います。

この日曜日は、いつもやっている女性舞踊に加えて、久しぶりに、男性荒型の舞踊と、足にとてもきつい男性優型の舞踊も練習したので、筋肉痛です。ちょっと運動不足ですかね…。

 

読んでくださってありがとうございました。

あなたにとって素敵な一日となりますように。

 

<今日の植物>

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「くちなしの花。大阪の友人のお宅で挿し木にするためにいただいた枝に蕾が付いていたのですが、家に帰り着くころには、花開いていました。甘く、とっても良い香り」photo by Kaori



 

 

 

 

命をいただくと言うこと

去年の晩秋に収穫した、クスリウコン。私が以前住んでいたインドネシアではtemulawakと呼ばれています。収穫した後、発泡スチロールの箱の中に、バーミキュライトを詰めて、その中にクスリウコンを埋め、室内で保存していました。いくつかは、今年植え付けるためで、その他は、健康ドリンクを作るためです。クスリウコンは薬効が高いらしいです。余談ですが、健康ドリンクは、クスリウコンの他に、レモングラス、バンウコン(kencur)、ウコン、生姜、こぶミカンの葉っぱ。サラムsalamの葉っぱ、シナモン、kayu secang、カルダモン、八角、フェヌグリークなどなど、様々なものを混ぜて試しています。あとジャワのやし砂糖も少し入れます。ウコン類や生姜は、皮ごと火であぶって焦げ目をつけてから、叩いてつぶします。他のものもつぶせるものはつぶし、鍋に水を加えて煮立てるという、簡単なものです。いろいろ配合を変えてやっています。クスリウコンはかなり苦いので、どうしても苦くなってしまいますけれども…。

話を戻します。発泡スチロールの箱の中に入れていたクスリウコンは、その中ですでに芽が出始めているものがあったので、4月の終わりには植え付けました。すでに、かなり大きくなっています。高さはすでに私の胸あたり。残りのクスリウコンは、スライスして乾燥保存させようと思っていたのですが、バタバタしているうちに時は流れ…。気が付くと、全部に芽が出ている!

芽が出てしまうと、なんだか食べてしまうのが申し訳なく、でもたくさんありすぎて、家では育てられない…。何人かの友達が欲しいというので、差し上げることになりました。そこで、その友人たちに会うまで、また発泡スチロールの箱に保存しておき、土曜日に開けてみたら、なんと、芽が発泡スチロールの蓋に突き刺さり、穴が開いていました。クスリウコンのパワー、恐るべし。その発泡スチロールの上には、また別の発泡スチロールが置いてあったので、蓋を持ち上げることはできず、突き刺すことにしたのでしょう。これだけのパワーがあれば、薬効も間違いなしな感じです。

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「保存中に芽を出したクスリウコン」photo by Kaori

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「保存中に芽を出したクスリウコン」photo by Kaori


それでつくづく感じたことは、ああ、これは生きているのだなということ。生きて、育ち、子孫を残そうとしているのだと。当たり前のことかもしれませんが、私たちは、命をいただいて、命を繋いでいるのだなということ。そして、それが生きるということの宿命であること。そう思うと、何を食べるのも、感謝していただかなければならないなぁと、改めて感じました。めぐりめぐって生きているのですね。

 

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「4月末にプランターに植え付けたクスリウコン」photo by Kaori

 

読んでくださってありがとうございました。

あなたにとって素敵な一日となりますように。

病気と向き合う(3)

今日は、病気と向き合うシリーズです。私の経験が、少しでもどなたかの役に立つのではと思い書いています。先日、糖尿病のカロリーコントロールの食事法が、私には合わないのではないかと疑問に思ったこと、それまでの治療法では、これ以上良くならないと感じたことを書きました。

以下からお読みいただけます。↓

病気と向き合う カテゴリーの記事一覧 - 香りの舞い ~流れる水のように 燃える火のように 静かな大地のように 自由な風のように~

 

その頃、私は新たに仕事が決まり、多くの時間をジャワで過ごしていました。とにかく、何とか病気を良くし、薬をやめたかった私は、ネットでいろいろ調べつくしました。その中で、糖質制限が良いのではないかという結論に達していました。ただし、そこに行きつくまで、糖質制限の良い点、悪い点、経験談などを読みつくし、検討しました。いろいろ納得したので、糖質制限を実践してみることにしたのです。また、糖質制限をすることで、私の膵臓インシュリンをそれほど出さなくてもよくなって、休むことができ、回復に向かうかもしれないという、ほのかな期待もありました。私が処方されていた薬は、私の疲れている膵臓に、もっと頑張らせてインシュリンを出させるようなものでしたから。余談になりますが、インシュリン注射による治療法は重症の糖尿病患者に使われると思われがちですが、最近では、糖尿病がそれほどひどくない患者に、インシュリン注射の治療をすることで、膵臓を休ませて、膵臓の回復を期待するという治療法もあるそうです。私も、もし日本にいたら、試したかもしれません。

私は糖質制限を始める前から、日常的に自分で血糖値を計っていました。持ち運べる、小さな機械があり、そこに1回使い捨てのセンサーを差し込みます。ぱちんと、一瞬だけ針の出る別の機器があって、それでほんの少量の血を指先から出します。ちくっとするぐらいで特に痛みもないです。そして、センサーの先端に血をつけて血糖値を測るわけです。

ちなみに、インシュリン注射を使っている患者には、この機器も保険適用ですが、私のように、インシュリン注射を使っていない患者は、実費となります。日本で普通に買うと、一回につき100円以上かかるものが多かったです。しょっちゅう計っているとお金がかかってしょうがないので、最近は、アメリカから個人輸入しています。

糖質制限を始めるにあたっては、とても慎重になりました。私の場合、糖尿病に関してはジャワの医者はあまり信用していなかったので、日本に帰った時に、日本に医者に行くようにしていました。糖質制限を始めたのが、ジャワに滞在していた時だったので、全く医者の指導もなく試してみたわけです。どちらにしろ、それまでかかっていた医者に相談しても、反対されるのは目に見えていましたけれども。ちなみに、その後日本に帰ってから、糖質制限を推奨している医者に変えました。

はじめのころは、食前にまず血糖値を計り、食後30分後、60分後、90分後、120分後と血糖値を計って、血糖値の推移を調べていました。(ちなみに食後というのは、一口目を食べ始めてからの時間です。食べ終わってからの時間ではありません。)自分の身体を使った実験です。もともと、理科系が好きだった私には、実はとても、とても面白かったです。もちろん、体調によっても変わりますが、実際に自分の身体がどうなのか分かると、モチベーションも上がります。だんだん慣れてくると、食後2時間値のみを測っていました。私の場合、2時間値が180を超えないよう(できれば140以下)に調節していました。なぜ180かというと、血糖値が180以上になると、血管を傷つけると読んだからです。でも、本当にそうなのかはわかりませんけど…。また、健康な人は食後2時間値が140を超えることがないので、それで140という値も目標値に設定しました。もっとも、厳しい糖質制限をしていれば、そんなに上がることはありません。血糖値を上げるのは糖質だけですから。タンパク質も資質も全く血糖値には関係ありません。

食事は、主食を抜き、糖質を含む食材は、グラム数を測り、食材の糖質量を調べて、エクセル表にまとめていました。慣れてくると、どのくらい食べれば、どのくらい血糖値が上がるのかだいたいわかるようになったので、そこまで詳しく調べなくなりました。糖質を制限するのは、1日1食か2食から始めましたけれども、主食を抜き、1食の糖質量を20~30gぐらいに抑えていたので、血糖値は全くの正常値となり、初日から、自分の判断で、糖尿病の薬はやめました。実は、低血糖になるのは、高血糖より怖いことなのです。ですので、糖質制限をする人は、糖尿病の薬には気を付けなければなりません。一度の低血糖だけでも、様々な病気になるリスクが何倍にもなるそうです。それならば、高血糖でいる方がまだましかもしれません。

初日から薬をやめられたので、私は本当にうれしかったです。主食をとらない分のカロリーはタンパク質や脂質で補っていました。それで気が付いたのですけれども、それまでの私の食事は、たんぱく質をあまり摂取していなかったのです。何となくイメージで、野菜の方が健康なような気がして、大豆発酵食品のテンペは食べていましたけれども、お肉やお魚はあまり食べていなかったのです。そして、良い油もあまり摂取していませんでした。そうすると、ご飯も野菜も全部炭水化物(糖質)なわけです。(もっとも野菜の炭水化物の一部は食物繊維です。)野菜の方が健康だと思っていたけれども、ほとんど糖質ばかり摂取していたと気づいて、愕然としました。

私にとっては、糖質制限の効果は抜群でした。すぐに減っていた体重も増え始め、健康そうになってきたのです。私を以前から知る周りの人、何人にも「健康そうになった。良かったね。」と言われました。落ちていた筋肉も戻ってきたのです。また、以前から、よく口内炎が出来ていたのですが、糖質制限をはじめて、ピタッと止まりました。日本に帰るたびの血液検査でも、コレステロールの値も驚くほど優秀。血圧も低い。そんなわけで、3食とも、結構厳しい糖質制限を続けていました。2年以上は続けていたと思います。糖質制限は、糖質さえ制限すれば、お腹いっぱい食べられるのが、私にはとても楽で、満足感も高かったです。また、お肉もお魚もたくさん食べていたので、なかなか贅沢だったと思います。そして、油はオリーブ油とごま油のみ使い、ちょっと高級なオリーブ油や塩、オリーブ塩を使ったりして、シンプルな味付けの食事を、ちょっと贅沢に楽しみました。また、お酒も蒸留酒なら糖質がゼロなので、安心して楽しめます。赤ワインも少量なら糖尿病には良いそうです。

 

今日はここまでにしますね。次回は、どんなことが大変だったのかなどを書きたいと思います。それから、私は決して厳しい糖質制限を推奨しているわけではありません。今は、ゆるい糖質制限しかしていませんが、その理由はおいおい書いていこうと思います。

 

ちなみに、私自身、今は、病気を悪いものだとは思っていません。病気はいろいろなことを気付かせてくれます。もちろん健康に越したことはないですけれども。でも、いろんな事は、ただ起こるのです。それをどう捉えるかは、全く私たちの自由で、それによって、見える世界、自分自身の在り方が決まってくると思うのです。それならば、私は、どんな状況でも、楽しみが見つけられ、良い気分でいられる捉え方を、いつも選択できれば良いなぁと思っています。

 

読んでくださってありがとうございました。

あなたにとって素敵な一日となりますように。

 

<今日の植物(庭の植物シリーズ)>

 

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アデニウム・オベスム。植え替えたら、葉っぱがぐんぐん育ってきました」photo by Kaori



 

 

 

 

 

 

発酵は世界を救う

昨日、岐阜県各務原市で行われた「たっこさんのお話会、実践講座」に参加してきました。

たっこさんのお話会、実践講座

 

たっこさんは、発酵生活研究家。何冊も発酵に関する本を出版され、最近、雑誌クロワッサンをはじめ、多くのメディアに取り上げられていらっしゃる方です。たっこさんが管理人をしていらっしゃるFacebookグループのTGGヨーグルト同好会では、約15,000人が参加して、日々、発酵のあれこれを投稿していらっしゃり、とても活気があります。
https://www.facebook.com/groups/721334441212364/

また、とても素敵なブログを書いていらっしゃいます。
https://ameblo.jp/cafe-baum

私は、数か月前にご縁が出来てお知り合いになりました。私が東京でジャワ舞踊を踊った時に見に来てくださったことも。生き生きとした瞳が印象的な美人さんです。今回、前日の晩に突然参加したいと表明したにもかかわらず、受け入れてくださって感謝です。

発酵については、私は以前から興味があったのですが、なかなか自分で実践するまでには至らず。ジャワで、テンペ菌を買ってきて、テンペ作りにトライしたぐらいの超初心者です。

午前中は、まず、お話会。たっこさん自身のご病気の経験から、発酵職との出会い、冷え取りに関しての話もあり、菌との共存を大事にして幸せに生きることのお話でした。それは料理や体のことだけでもなく、お掃除でも、出来るだけ合成洗剤を使わないという生活。合成洗剤は菌も死んでしまうのだそう。自分の身体の菌だけではなく、部屋の中の菌も死滅させないことが大切とのことでした。

お話は、身体のことだけではなく、自然や世界のことまで広がり、循環の重要性など、ある意味とてもスピリチュアルな、深いお話でした。どんなに傷ついた身体や環境でも、循環で回復できる可能性ああるのです。私の中でとても印象に残ったキーワードは「めぐり」。なぜだかわかりませんが、その言葉を聞いた時、とても心が動かされました。人間は一瞬一瞬めぐって生きているのだなぁと思いました。一瞬前の自分と今の自分は違うのです。そして、自分が整えば、おのずと世界が整うことにつながっていくのです。(うまく説明できなくてすみません…。)

また、他にも印象に残ったのは、「与えられた環境で心地よく生きること」。例えば、病気でも完治がすべてではないということ。もちろん病気は良くなった方が良いのでしょうが、たとえ病気であっても、与えられた状況で心地よく生きる自信がつけばよいということなのです。病気に苦しむのか、共に生きるのかということです。足りないものは、助け合えばよい。例えば、目の見えない人には、私が目になって助けてあげればよいのです。

たっこさんによると、菌には「よろこび」と「楽しみ」、そして「進化」しかないのだそう。そして、菌は「命とは何ぞや」ということを教えてくれるのだそう。深い!そういえば、以下の記事にもそのようなことが書かれてたのを思い出しました。

栗生隆子さんとの対話/「めぐり」そのものとしてのいのち | Column | Temple

 

そして、日本には日本の風土に合った、日本にしかない菌がある。そのひとつが糀(アスペルギルス・オリゼ)だそう。以前の日本人は、普通にそういう菌を摂取していたのでしょうが、いまでは、そういう機会も少なくなっているようです。

たっこさんのお話、なんだか感動してしまいました。うろ覚えで、ここでは書いていませんが、他にも、数えきれないほどの気付きがありました。私も発酵と菌にはまってしまいそう…。

 

お昼には、主催者の方々が用意してくださったおにぎりとお味噌汁。そして差し入れの数々。美味しかったです。

 

午後からは、いよいよ実践。糀調味料をいくつか作りました!

豆乳塩こうじ、甘糀味噌、甘糀キムチの素、お米酵母をグループで作り、甘糀を加えて、5種をカップに分けて、おみやげとして持って帰りました。熟成するのが楽しみ!

そして、生こうじも手に入れてきました!早速作らなきゃ。楽しみだ~。

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読んでくださってありがとうございました。

あなたにとって素敵な一日となりますように。

 

<今日の植物(庭の植物シリーズ)>

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「ハイビスカスの雌しべと雄しべ」photo by Kaori



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンタモニカのコミュニティ・カレッジの思い出 ~ 私の歴史/記録(7)

私の歴史/記録シリーズです。前回は、サンタモニカの英語学校に留学していた時、テキサス州サンアントニオまで車で旅をしたことを書きました。

以下からお読みいただけます。↓

私の歴史/記録 カテゴリーの記事一覧 - 香りの舞い ~流れる水のように 燃える火のように 静かな大地のように 自由な風のように~

 

英語学校には3か月いた記憶があります。でも昔のこと過ぎて記憶があやふや…。私が入学したかった大学は9月にしか入学できなかったので、とりあえず、一学期だけ、サンタモニカのコミュニティ・カレッジに入りました。コミュニティ・カレッジというだけあって、地域住民のために作られた大学で、望めば誰でも学べるというのがポリシーになっているようです。様々な人種、年代の方々が学んでいました。

最初、学力テストみたいなものを受けさせられたのだけど、数学のテストが、小学校のテストかと思うぐらい簡単で、びっくりしたことを覚えています。アメリカでは、天才的な数学者もいますけれども、日本人に比べて数学が苦手な人が多いように思います。あとで友人に聞くと、小学校からの授業でも、無理やりやらされることがなく、出来ないふりをしていれば、それを咎められることもなく、レベルに合わせてやってくれるので、結果的にできないままで終わることもあるとか。さすが、多様性のアメリカというべきか。

コミュニティ・カレッジで受講した授業は、全部は覚えていないのですが、ダンスの授業をとったことを覚えています。また、とても印象に残っているのは、特殊メークの授業。さすがハリウッドが近いだけのことはある。特殊メークの道具を売っているお店で道具をそろえ、特殊なシリコンのようなもの(だったと思う)で鼻を高くしたり、しわを書いておばあさんの顔になったり。本当に面白かったです。おじいさんの先生だったなぁ。よくしていただきました。

英語学校では、それほど英語が上達したとは思わなかったのですが、コミュニティカレッジにいた一学期の間に、英語力がとても伸びたと思います。やはり、外国人ばかりの英語学校では触れられなかった生きた英語に、コミュニティ・カレッジでは触れられたからでしょう。普段使う英語は、授業で学ぶ英語とは違うものでした。初めて生きた英語に触れた気がしました。

 

実は、コミュニティ・カレッジにいた間に、ロサンゼルスで暴動が起き、外出禁止令が出たことがあります。その時のことを次回に書きますね。

 

読んでくださってありがとうございました。

あなたにとって素敵な一日となりますように。

 

<今日の植物(庭の植物シリーズ)>

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「サンダーソニアの花」photo by Kaori