香りの舞い ~流れる水のように 燃える火のように 静かな大地のように 自由な風のように~

ジャワ舞踊やガムラン音楽に関すること、日々の気付きや学び、海外生活で見聞したこと、大好きな植物や動物に関してなどを、私が感じたことを気ままに、ゆるゆると書いていきます

訃報と思い出

このブログにご訪問頂きありがとうございます。

 

今日、ジャワのカラウィタン(ガムラン音楽)の大御所である、Suyadi氏(Pak Yadi)の訃報が入ってきました。

私は個人的に学んだことはないのですが、初めて留学した当初から親しくしていただき、大事なことをいろいろ教えてくださった先生。大学の授業や、ガムランの練習会などで、いろんなアドバイスをくださいました。

人はいつか亡くなるもの、形あるものはいつか消えるものと分かっていても、寂しいものですね。

何年か前にストロークで倒れられ、少し体が不自由になられていたのですが、頭の方はとてもクリアでいられ、家までカラウィタンについてインタビューに訪れたのが、話をした最後になりました。ここ数年お会いしていなかったのですが、最近、気になって、どうされているのか、知り合いに尋ねてみたりしていたのですよね。訪ねていけばよかったなあと、今更のように思います。

 

今日も、Pak Yadiは客員で教えていらっしゃるソロの芸術大学で教えられた後、大学の教員であるSukamso氏(Pak Kamso)とお話をしていたそう。その時に、少し胸が詰まる感じがするという話をしていたけれども、話し方も普段通りに話していたそうです。そして、Pak Yadiが家に帰るための車を呼ぶために、Pak Kamsoが席を外し、ほんの3~5分ほど後に戻った時には、すでに、意識を失われて、手が冷たくなっていたそう。そのままお亡くなりになられたそうです。

苦しまずに亡くなられたことは良かったと思います。

ある意味理想的な亡くなりかたかも。私自身もそのように、他の人の手を煩わさずに、すっと逝けたらよいなぁと、最近常々思っているのです。

 

本当にいろんな思い出が思い出されます。

留学したての2004年頃、同じく日本からの留学生の友達と、Pak Yadiが指導している民間のグループの練習に参加しに行ったこと。あまり他ではやらないような、彼好みの、大きくて重い曲(ちょっと説明しにくいですが、ジャワガムランをされている方ならわかるかな)が多くて、まだまだ初心者の私たちは、曲がどこに行ったかもわからず、ついていけなくて大混乱だったこと。そしていつも落ち込み気味で帰ったこと。でも、そういう曲を練習できて非常に勉強になったこと。

何年かたって、かなり慣れてきたころにも、練習に参加させていただいていたことがありますが、その時に、例え、演奏が簡単な楽器を演奏するにしても、心と精神を込めて丁寧に演奏するようにと、言われました。当たり前なことですが、慣れてくると忘れがちなことを思い出させてくれて、ハッとしました。ちょっと専門的な話になりますが、私はその時クノンという楽器をたたいていて、ちょっと気軽に、ポンっとたたいていたのです。それに対して、Pak Yadiがくれたアドバイスでした。Pak Yadiはどんな楽器を演奏するにしても、敬意を払って、丁寧に、心を込めて演奏されているのだなと、尊敬の念を新たにしたものです。

そして、楽器を演奏せずに、楽器の間に座って聞いていた時にも、「あなたは太鼓を演奏するのだから、聞いているだけの時でも、手をたたきなさい(ジャワガムラン演奏時には、手をたたく部分があるので、その時にです)。そうやって、曲のスピード感を会得しなさい。太鼓奏者にとって、ちょうどよいイロモ(いろんな意味がありますが、ここでは曲のスピード)で演奏するのがとても大事だから」と。彼は、いつも、どんな時でも、真摯に学ぶ姿勢を崩さない人だったのだと思います。

他にもいろんなアドバイスをもらったと思うのですが、特に印象に残っているのはこんなエピソードです。芸に対する姿勢にいつも感服していました。忘れないうちに書いておこうと思いました。

 

そして、Pak Yadiは、嬉しいことに私の踊りをとてもかっていてくれました。Pak Yadiはマンクヌガラン王宮の演奏家でもあったので、マンクヌガラン王宮の舞踊練習でよく顔を合わせていたのですが、私の踊りを、「Bagus sekali. Halus sekali」とよく褒めてくれていたと、何人もの人から聞きました。私自身も、本人から直接褒められたことがあります。ジャワの人でもこんなにhalusに踊れる人はそういないよと。こんなにすごい演奏家からほめられるなんて、とても恐縮でしたが、とても嬉しかったです。

 

Pak Yadiのような真摯さを忘れずに、これからも踊りにも演奏にも、そしてほかのことにも向き合っていきたいと、改めて思いました。

 

そして、Pak Yadiには、いつも素晴らしい、素晴らしい演奏を聴かせてもらいました。

私が最初の留学を終えて帰国する前に、小さなお別れ会の演奏会でも主にRebabを演奏してくださいました。今思えば、とてもとてもぜいたくな演奏会でした。今では、そのうちのお二人が他界されたことになります。

 

Pak Yadiは、いろいろとても苦労されたようです。インタビューをした時、子供には自分と同じ道は絶対に行かせたくないと言っていらっしゃいました。

でも、本当に多くの人が、彼から大切なことを学んできたとおもいます。

そして、次世代につながっていくのだと思います。

 

Pak Yadi、本当にありがとうございました。

安らかにお眠りください。

 

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「マンクヌガラン王宮のハスの花」photo by Kaori